打ち勝った日本文理2009/8/30up

  今年の甲子園も清々しいものだった。春は長崎県勢として初めて清峰が優勝、花巻東も岩手県勢として初めて決勝にコマを進めており、どちらが勝っても春夏通じて県勢初の甲子園優勝という快挙だった。

 夏も同様の傾向が続いた。春準優勝の花巻東が再び快進撃し、夏は岩手県勢90年ぶりのベスト4進出。日本文理は新潟県勢初の4強進出、さらに決勝まで勝ち進んだ。これで春夏ともベスト4に進んでいない都道府県はなくなった。もはや地域によるレベルの差は、相当縮まっている。今やどこの都道府県でも、このように勝ち続けることができるのだ。

 さて、皆さんは日本文理の快進撃をどのように眺めていただろうか? 驚いたという人も多いだろうが、私はきわめて冷静に見ていた。いずれベスト4の壁を破る高校だと思っていたからだ。

 その予感を感じさせたのは5年前、2004年夏の甲子園である。1−2で京都外大西に敗れて初戦敗退しているが、問題はその内容だ。エース海津投手が1回でひじを痛めて降板。普通なら大ピンチと言えるところだが、2回から救援した小柳投手が好投。両チームとも締まった守備で再三にわたり相手の得点機を潰した。日本文理もあと一歩のところで相手の好守に得点を阻まれている。非常に「力強い負け方」だった。こういう負け方ができるなら、近い将来必ず勝てると私は思ったものだ。

 それ以来日本文理には注目していた。2006年センバツでは新潟県勢として初勝利を挙げ、余勢を駆って2回戦でも勝利してベスト8まで進出した。夏を含めても新潟県勢22年ぶりの甲子園8強だった。2007、2009年のセンバツではいずれも初戦で優勝候補(大阪桐蔭、清峰)と当たって敗れているが、その間に新潟明訓が2007年夏に2勝を挙げ、2008年夏の新潟県央工も強豪・報徳学園相手に終盤まで互角に戦った。もう新潟県勢が弱いという常識は一切通用しなくなった。いつ火薬に火がついてもおかしくない状態になっていたのである。

 昔の新潟県勢といえば、点を取られるというよりも点を取れないというイメージがあった。しかし今年の日本文理は県大会6試合で得点58、失点5、チーム打率.396という圧倒的な強さで勝ち上がり、大井道夫監督が「どんなピッチャー相手でも打ち勝てる」と豪語する強力打線を引っさげて甲子園にやってきた。

 とうとう火薬庫に火がついて大爆発したのは2戦目の3回戦。前の試合では延長戦を戦って2失点だった日本航空石川を相手に毎回の20安打12得点。安打数も得点も新潟県勢の新記録を更新した。準々決勝でも毎回の19安打11得点。対戦相手に打ち勝ち、高まる注目度から来るプレッシャーにも打ち勝った。

 そして早くも名勝負と評判の高い決勝戦。日本文理のエース伊藤投手は連戦の疲労から10失点し、4−10で最終回を迎える。ここで相手の中京大中京は3連投で疲労困憊のエース堂林投手を再びマウンドに戻す「温情采配」を見せるが、このスキを日本文理打線は逃さない。2アウトランナーなしとなったが、四球をきっかけに猛打炸裂、中京大中京は慌てて森本投手をマウンドに戻して10−9で辛くも逃げ切った。最後のサードライナーもしっかりとらえていたし、まさに「野球は2アウトから」である。

 繰り返すが、今やどこの都道府県でも勝ち続けることができるのだ。「雪国のハンディ」「白河の関」は死語である。今後50年以内に全都道府県が甲子園優勝を果たすことも十分可能だと思う。