交流戦が終了した6月23日現在、横浜はようやく今季初の3連勝を飾ったものの、それでも19勝45敗1分で勝率は.297と3割にも満たず。プレーオフ進出どころか、5位ヤクルトとも11ゲーム差で、ヤクルトの足元すら見えていない。5年前の2003年はどうだったかと言うと、同じ6月23日終了時点での成績は、18勝47敗0分で勝率.277。置かれた状況としては、現在と似たものであった。
オリックスは2003年、就任2年目の石毛監督を4月に電撃解任している。そして、当時「流行」していた外国人監督としてレオン氏を打撃コーチから昇格させた。しかしレオン氏はこの年に打撃コーチに就任したばかりで、打撃陣はまだしも投手陣を正しく掌握していたとは思えず、石毛監督解任時は4点台だったチーム防御率が6点台寸前まで転落してしまったのは記憶に新しい。
監督を入れ替えれば万事うまくいくわけではない、という当たり前のことをようやく悟ったオリックスは、コリンズ監督に全てを託した。しかし、今度はコリンズ監督のほうから辞任を申し入れられ、しぶしぶ大石ヘッドコーチを内部昇格させた。大石監督代行の成績は6月23日現在、10勝12敗。監督未経験にしては、まずまずと評価してよいだろう。コリンズ前監督と比べて、選手との関係がうまくいっているともよく動く采配が功を奏しているとも言われている。オリックス球団としては、嬉しい誤算と言ったところだろうか。
横浜のほうは打撃陣の得点効率の悪さと投手陣の崩壊に尽きる。両方とも2003年のときと同じ症状だ。移籍したクルーンの代役としてヒューズを獲得しているが、昨年(2007年)メジャーで登板のなかった選手を抑え候補とするのは、ある種のバクチである。案の定というか、ヒューズの抑え構想は早々に破綻し、寺原を抑えに回すという窮余の策を採らざるを得なくなった。
これは2001〜2002年の頃と似ている。当時の森監督は、先発だった斎藤隆を抑えに回したのだ。斎藤は抑えとして好成績を挙げたが、その間に先発陣は森監督が「3回まで持てば御の字」と慨嘆するほどメタボロに崩壊してしまった。今年はエース三浦の故障と寺原のストッパー転向により、軸になる先発投手がまったく不在。寺原を抑えに回して首都の防衛は強化されたが、その間に最前線が目立って手薄になっている。旧日本軍のように、後方をお留守にして最前線にばかり精鋭を送るのも考え物ではあるが…。
雑記にしてはちょっと長文になってしまったので、そろそろ締めるとしよう。両チームとも、5年前の苦い経験を踏まえて、どうかここから立て直してほしい。もちろん目標はプレーオフ進出だ。それがかなわずとも、上位陣をいじめてくれるだけでもプロ野球はだいぶ盛り上がる。
横浜とオリックスが低迷している。この両球団に共通するのは、5年前の2003年にも出口が見えないほどのすさまじい低迷ぶりを経験している、という点だ。横浜は監督が代わり、オリックスは近鉄との合併により良い選手ばかりを集め、そろそろAクラス入りかとも思われた。しかし現実には、プレーオフ進出は厳しい状況である。