新庄騒動2006/05/21up

 2000年オフにFA宣言した新庄はもちろんその去就が注目されたが、選択したのはメジャー・メッツ入り。海外へ行くと思っていた人はほとんどおらず、阪神ファンにとってみれば新庄が突然自分たちの前から姿を消したと思ったかもしれない。なぜなら獲得に名乗りを上げていたのはヤクルト・横浜で、残留するにしろどちらかに移籍するにしろ、甲子園球場で新庄のプレーを見られなくなることはなかったはずだからだ。

 その衝撃は大きく、新庄を応援する私設の会が解散になった、というニュースを耳にしたこともある。2004年に日本球界に復帰したが、阪神は受け入れを拒否し、最初に手を挙げた日本ハム入りが決定した。当時は交流戦がなく、やはり甲子園で新庄のプレーを見ることはできない。

 2005年に交流戦がスタートし、ようやく甲子園に新庄が帰ってきた。そして今年、襟付きのシャツで騒動を起こした新庄が、今度は5月18日の甲子園球場での阪神戦で、試合前の練習中に阪神のユニフォームを着て外野に現れたのである。今度は襟付きシャツとは意味が全く異なると私は思う。これは阪神ファンに対する、新庄なりのけじめのつけ方なのではないかと。

 厳密に言えばルール違反なのかもしれない。日本ハム・阪神両球団からのお咎めはなかったが、後日セリーグ審判から口頭で注意を受け、二度とこのようなことはしないと約束したという。たしかに、こういうことを他の選手が次々に真似すると困る。今回も、日本ハムファンにとってみれば不愉快に思う人もいたかもしれない。しかし、新庄だから許されたのである。やっぱり新庄はスターなのだと、改めて認識させられた。