副島 孔太

(元オリックスブルーウェーブ/1997年ドラフト5位/外野手)

[主なタイトル=なし]
球 団 試 合 打 率 打 数 安 打 本塁打 打 点 三 振 四死球 盗 塁
1997 ヤクルト 10 .188 16
1998 ヤクルト 107 .266 301 80 38 57 29
1999 ヤクルト 36 .170 53 19
2000 ヤクルト 92 .321 221 71 10 31 49 24
2001 ヤクルト 69 .212 66 14 10 16 10
2002 ヤクルト 31 .132 38 11
オリックス 37 .257 101 26 15
2003 オリックス 60 .215 88 19 12 23 14
2004 オリックス 21 .193 31 13
通算   463 .255 915 233 21 106 207 100 11

 高木大成(西武)、高橋由伸(巨人)と同じ桐蔭学園(神奈川)高校の出身で、しかも3人とも左打ちでスラッガータイプ。下位指名ながら、その将来性は非常に期待されていた。2年目の1998年に稲葉の故障の穴埋めとして出場すると、その打力を存分にアピール。しかし翌年は守備力もある佐藤が絶好調で、出場機会を減らした。
 しかし2000年は2年前にも増して打撃好調。真中・稲葉・佐藤・飯田が振るわない中で、高橋智らとともにスーパーサブとして大活躍。当時チームの弱点となっていた3番を任されることも増え、時には一塁や三塁も守った。ペタジーニ以外長距離砲がいない中で、確実に次期クリーンアップを担う逸材だと思われた。

 そんな状況で迎えた2001年、若松監督がラブコールを送り続けていたラミレスが入団。しかも1番真中・3番稲葉も絶好調。副島がレギュラーで出る機会は激減、さらに1打席限定の代打では結果を残すことができない。チームは優勝したが、副島にとっては不完全燃焼の年となってしまう。2002年シーズン途中にオリックスにトレードで移籍するが、これはチャンスだった。が、守備力に難があるのが災いして、スタメンで出る機会はやはり少ない。パリーグにはDHがあるものの、DHでは主に山崎や3人の外国人が起用される。2004年には村松がFAで入団し、副島の出番はほとんどなくなってしまった。

 オフには分配ドラフトの前に戦力外通告を受けてしまい、オリックスにも楽天にも所属することができなかった。しかし、クラブチーム「ゴールデンゴールズ」にテストを受けることなく合格、選手兼打撃コーチとなった。しかし、「山本事件」の影響で大幅に選手が削減され、2006年末に退団している。