沖原 佳典

(東北楽天ゴールデンイーグルス/2001年ドラフト6位/内野手)

[主なタイトル=なし]
球 団 試 合 打 率 打 数 安 打 本塁打 打 点 三 振 四死球 盗 塁
2001 阪神 71 .197 218 43 14 48 23
2002 阪神 63 .248 121 30 26
2003 阪神 64 .341 137 42 17 20
2004 阪神 21 .250 24
2005 阪神 .000
楽天 64 .313 265 83 23 49 11
2006 楽天 60 .204 186 38 12 29
2007 楽天 .167 18
2008 楽天 14 .242 33
通算   366 .256 990 253 76 193 59 14

 2000年のシドニー五輪に出場、先頭打者を務めるなど、アマチュア選手の中では抜群の働きぶりだった。アマチュアで輝かしい実績を残していた沖原は、収入面でも恵まれていた。それでもプロへの夢を捨てきれず、28歳にしてプロ入り。当時の阪神は遊撃・二塁の絶対的なレギュラーが不在で、さらに野村監督の方針で足の速い選手を集めていた。秀太・今岡や同期入団の藤本らとレギュラーポジションを激しく争ったが、守備力では沖原が最も優れていた。しかし他の選手同様打撃力が貧弱で、定位置をつかむまでには至らない。
 2002年も似たような状況だが、打撃力のある関本が争奪戦に食い込んできたため、さらに競争が激化。打撃面では成長を見せたが、出番は前年よりかなり減ってしまう。2003年は藤本が打撃覚醒したため遊撃手としての出番は減るが、片岡の故障により三塁での出番が増えた。また、一部では八木に代わる代打の切り札として期待する声もあった。

 だが2004年は、三塁手として新外国人キンケードが入団し、藤本だけでなく関本も台頭。むしろ内野は供給過剰の状態となり、沖原の出番はまるでやって来ない。28歳という年齢でプロ入りしたこともあり、すでに中堅からベテランの域に入りつつある。2005年も内野の布陣は固まっており、出番は訪れない。しかし6月、突如として楽天へのトレードが発表! 絶対的なレギュラーが不在の楽天では、最初から即スタメン起用され、今までの鬱憤を晴らすべく大爆発。層の厚い阪神に行くことになってしまった前田には気の毒だが、沖原にとっては良いトレードだったと言えよう。が、鬱憤を晴らしきったか? 翌2006年は低迷し、2007、2008年はチームの選手層もようやく厚くなり、二軍暮らしが続いた。そしてオフに戦力外通告を受け、そのまま引退。お疲れ様でした。