奈良原 浩

(中日ドラゴンズ/1991年ドラフト2位/内野手)

[主なタイトル=なし]
球 団 試 合 打 率 打 数 安 打 本塁打 打 点 三 振 四死球 盗 塁
1991 西武 70 .228 57 13
1992 西武 66 .171 35
1993 西武 110 .248 161 40 13 24 27 10
1994 西武 72 .248 141 35 11 17 22 14
1995 西武 102 .226 208 47 13 29 17 19
1996 西武 108 .218 170 37 34 20 22
1997 西武 94 .191 89 17 17 13
1998 日本ハム 128 .280 364 102 25 50 64 30
1999 日本ハム 88 .175 103 18 18
2000 日本ハム 101 .256 254 65 31 46 36 14
2001 日本ハム 124 .237 334 79 19 59 33 27
2002 日本ハム 116 .203 320 65 19 49 21 13
2003 日本ハム 109 .259 317 82 32 70 39 12
2004 日本ハム 85 .242 99 24 20
2005 日本ハム 98 .230 165 38 17 35
2006 中日 37 .194 31 11
通算   1508 .237 2848 674 13 212 495 315 198

 大卒1年目から早くも一軍に多く帯同。西武黄金期を知る選手だが、遊撃手の田辺からポジションを奪うことはできず、田辺が衰えてくると今度は松井稼頭央が台頭した。結局西武時代は打撃面で向上が見られなかったこともあり、準レギュラー止まりで終わる。

 1998年に日本ハムにトレード。2対1でのトレードで奈良原にとっては屈辱的であるとも言えたが、これが転機となった。西武のように小技に秀でた選手の少ない日本ハムで奈良原は重宝され、打撃面が好調だったこともあり、移籍1年目で自身初の規定打席到達。その後もほとんどレギュラーに近い待遇を受けた。気がつけばいつの間にかチームの中でも最年長クラス。移籍組でありながら田中幸雄らとともに下位に低迷するチームを引っ張った。

 内野ならどこでも守れ、守備も非常に堅実。大味な野球が目立つ日本ハムの中では際立つ存在だ。脚力は飛び抜けているとまでは言えないものの、盗塁センスが抜群。数も多いが、成功率がまた素晴らしい。野球をよく知っており、いぶし銀と呼ぶにふさわしい選手。
 2005年オフには岩本・石本らベテランが多数解雇された。奈良原は退団か年俸大幅減か、いずれかを選択するよう迫られ、年俸半減(推定3400万円)での残留が決まった。だが、若手の台頭で出番がなく、2006年途中に中日に移籍。そしてこの年オフに引退し、中日の二軍内野守備走塁コーチに。お疲れ様でした。