蔵本 英智

(中日ドラゴンズ/1999年ドラフト4位/外野手)

※2004年シーズンから、登録名を「英智」に変更

[主なタイトル=なし]
球 団 試 合 打 率 打 数 安 打 本塁打 打 点 三 振 四死球 盗 塁
2001 中日 15 .311 45 14
2002 中日 72 .270 115 31 13 28
2003 中日 61 .273 33 10
2004 中日 107 .269 201 54 19 46 16 11
2005 中日 81 .077 52 12
2006 中日 124 .215 256 55 27 49
2007 中日 99 .278 198 55 19 33 13
通算   559 .247 900 222 88 185 52 31

 松坂・上原を初めとする大豊作だった1998年オフのドラフトで入団。中日にも福留・岩瀬・小笠原といった逸材が入団している。しかし、大卒ながら福留や岩瀬に比べると開花するのがやや遅く、初めて一軍の試合に出場したのは、すでに5位が確定的だった2001年のシーズン終盤だった。9回2アウトから牽制死で当時の星野監督に怒られたこともあったが、それでも実力の片鱗は示すことができた。そのおかげで2002年には大幅に出場機会を増やし、次期スタメン外野手としての期待が高まった。
 しかし2003年は俊足・強肩という、タイプの似た新外国人アレックスの加入で出番は激減。主に立浪の代走として出場したが、守備位置が異なるためそのままベンチに退くことが多かった。したがって、自慢の守備を披露する機会も少なかった。

 某番組の遠投大会(?)で、見事に1位を獲得するほどの強肩の持ち主。ホームベース付近からセンターのフェンスに直撃する「レーザービーム」を視聴者の目に焼きつかせた(残念ながら私は見ていません)。しかし、アレックスの強肩が話題となってしまい、蔵本の存在が徐々に薄くなっていった。強肩だけでなく、俊足とそれを生かした広い守備範囲も魅力的なのであるが…。
 普通のチームなら代走・守備要員として重宝する人材なのだが、当時の中日にはアレックス・福留・大西・関川・井上といった強肩で守備の上手い外野手が多く、それが蔵本の出番を少なくしていた。しかし2004年は守備を重視する落合監督の下で出場機会を大幅に増やし、特にその肩はファンを大いに魅了した。ただ2005年はレフトが事実上空いていたのにもかかわらず、打撃不振でレギュラーの座を森野・井上に奪われ、元の代走・守備要員に甘んじた。2006年はアレックスの衰えによりセンターを守ることが増え、2007年は打撃面でも成長を見せた。福留が移籍した2008年は、一気に飛躍するチャンスである。