加藤 大輔

(オリックスブルーウェーブ/2003年ドラフト自由枠/投手)

[主なタイトル=最多セーブ(2008)]
球 団 試 合 投球回 防御率 勝 利 敗 戦 セーブ 奪三振 四死球 本塁打
2003 オリックス 43 69 2/3 5.17 75 37 13
2004 オリックス 18.00
2005 オリックス 60 81 2/3 2.76 83 19
2006 オリックス 61 61 3.10 41 23
2007 オリックス 63 73 2.59 26 71 23
2008 オリックス 63 63 3.29 33 65 20
通算   291 349 1/3 3.40 16 22 74 337 123 32

赤字はリーグ最高。

 自由獲得枠で選手を獲得する場合、表向き1億5千万円の契約金(出来高含む)のほかに裏金が必要なのは有名である。そのせいで「自由獲得枠の選手=金の亡者」という間違ったイメージが定着してしまっている場合もあるが、決してそうではない。加藤の場合は契約金の使い道を聞かれるとこう答えた。

 「双子で高校1年の妹がいますので、妹たちを大学に行かせてあげたいです。まだ先の話ですけど」

 さらに、契約金は妹たちの高校の学費にも使用したという。その理由については

 「親は多分県立高校に行くと思ってたんで。私立高校にだだこねて行かせてもらって、それでやっぱ負担かかったんだろうなと思って。恩返しするには何がいいかなと思ったら…妹が大学の間に父親が定年になっちゃうんで」

 なんと泣かせる話ではないか。他の自由獲得枠の選手にも聞かせてやりたいセリフだ…。というか、管理人も大学を1年留年して親に迷惑をかけているので、私のほうこそ見習わなくてはいけないな…(汗)。

 プロ入り1年目は投壊に苦しむチーム事情もあって、さっそく即戦力ぶりを発揮。二軍では2試合にしか投げず、早いうちに一軍に定着する。7月5日のナゴヤドームの試合では153キロをマークするなど、直球だけでもその記憶に残るに十分だが、さらに日本球界では珍しいナックルボールの使い手でもある。速球とナックルの絶妙なコンビネーションで、打者を次々と三振に打ち取るシーンは快感そのもの。

 シーズン後半になると、抑えを任せられるに至る。その期待に応え、2003年はチーム最多の9セーブをマークする。2004年は残念ながら右ひじ関節炎のために戦線離脱、わずか1試合の登板に終わった。しかし2005年は完全復活を遂げ、菊地原とともにセットアッパーの役割を務める。2006年も中継ぎの軸として活躍し、2007年はチームは最下位に沈んだが、その中で腐らずにストッパーの重責を果たした。

 2008年はとうとう最多セーブのタイトルを獲得。4年連続で60試合以上登板は素晴らしい。しかし、まだまだ絶対的な守護神としての安定感は足りない。2009年はさらなる飛躍の年になるか。