自由獲得枠で選手を獲得する場合、表向き1億5千万円の契約金(出来高含む)のほかに裏金が必要なのは有名である。そのせいで「自由獲得枠の選手=金の亡者」という間違ったイメージが定着してしまっている場合もあるが、決してそうではない。加藤の場合は契約金の使い道を聞かれるとこう答えた。
「双子で高校1年の妹がいますので、妹たちを大学に行かせてあげたいです。まだ先の話ですけど」
さらに、契約金は妹たちの高校の学費にも使用したという。その理由については
「親は多分県立高校に行くと思ってたんで。私立高校にだだこねて行かせてもらって、それでやっぱ負担かかったんだろうなと思って。恩返しするには何がいいかなと思ったら…妹が大学の間に父親が定年になっちゃうんで」
なんと泣かせる話ではないか。他の自由獲得枠の選手にも聞かせてやりたいセリフだ…。というか、管理人も大学を1年留年して親に迷惑をかけているので、私のほうこそ見習わなくてはいけないな…(汗)。
プロ入り1年目は投壊に苦しむチーム事情もあって、さっそく即戦力ぶりを発揮。二軍では2試合にしか投げず、早いうちに一軍に定着する。7月5日のナゴヤドームの試合では153キロをマークするなど、直球だけでもその記憶に残るに十分だが、さらに日本球界では珍しいナックルボールの使い手でもある。速球とナックルの絶妙なコンビネーションで、打者を次々と三振に打ち取るシーンは快感そのもの。
シーズン後半になると、抑えを任せられるに至る。その期待に応え、2003年はチーム最多の9セーブをマークする。2004年は残念ながら右ひじ関節炎のために戦線離脱、わずか1試合の登板に終わった。しかし2005年は完全復活を遂げ、菊地原とともにセットアッパーの役割を務める。2006年も中継ぎの軸として活躍し、2007年はチームは最下位に沈んだが、その中で腐らずにストッパーの重責を果たした。
2008年はとうとう最多セーブのタイトルを獲得。4年連続で60試合以上登板は素晴らしい。しかし、まだまだ絶対的な守護神としての安定感は足りない。2009年はさらなる飛躍の年になるか。