高校時代は投手として甲子園に出場も、大学に入って捕手に転向。しかしさすがに投手出身だけあって肩の強さはものすごく、大学時代の盗塁阻止率は8割を超える。阪神に自由獲得枠で入団、すでにレギュラーの矢野がベテランの領域に達していたので、間違いなく次期捕手の第一候補と思われた。
打撃力にも定評があり、2002・2003年は第三の捕手としてベンチ入りすることが多く、随所で活躍。この2年間で16回盗塁を試みられ、7つを刺している。すなわち阻止率は.438であり、スローイングを鍛えればもっと刺せるであろうことも読み取れた。将来が楽しみな存在であった。
しかし2004年から岡田監督に代わり、捕手のベンチ入りは2人になることが増えた。当然矢野と野口がベンチ入りすることになり、浅井はついに一軍出場がないままシーズンが終了してしまう。2005年は一軍に昇格することができたが、捕手としての起用のほかに、右翼手としての起用もある状態。2006年も引き続き野口よりも出番が多く、特に江草とのコンビでマスクをかぶったが、2007年は狩野が打撃面を中心に結果を残し、浅井の出番はほとんどなかった。
2008年はとうとう登録が捕手から外野手に変更されたが、激烈な右翼争いになかなか食い込めない。狩野はまだリード面に課題を残すだけに、今までの経験を生かして正捕手争いのほうに食い込めるか。2番手捕手の野口がFAで横浜に移籍する上に、正捕手の矢野も40歳を迎える。まだまだ捕手としてあきらめてはいけない。