社会人時代はシドニー五輪にも出場したが、俊足以外はさほど注目されたわけではなかった。しかし1年目から新庄の抜けたセンターのレギュラーとして君臨し、俊足とそれを生かした守備、さらにバッティングのほうでも期待以上のものを見せつけ、セリーグでは初となる新人盗塁王が誕生し、新人王・ゴールデングラブ賞も獲得した。
しかし2年目は自打球を足に受けて故障離脱、大幅に数字を落としたものの、9月以降に走りまくって何とか盗塁王を死守。だがその年のオフに年俸ダウン提示を受けると自打球の公傷を要求、却下された。決意も新たに3年目のシーズンを迎え、3番金本との相性抜群のコンビで盗塁を稼ぎまくり、セリーグでは18年ぶりとなるシーズン60盗塁をマーク。再びゴールデングラブ賞を獲得したほか、ベストナインも受賞。今やリーグを代表する外野手となった。
盗塁1つにつき車椅子1つを寄付するという慈善事業を行っている。さらに「甲子園は車椅子の人が来にくい球場」と言い、バリアフリーの車椅子席の設置を球団に要望した。ちなみに2003年の時点で甲子園に車椅子席は三塁側内野席に8席しかないが、はたして赤星の要望は聞き入れられるだろうか。また、2004年10月に起きた新潟中越地震の際には100万円を寄付している。
野球人気の低下が囁かれる中、サッカーなど他のスポーツに比べても破格の年俸をもらっているプロ野球選手。しかしその給料をこうしたチャリティーに使うというのなら、誰もが納得するだろう。赤星が走るたびに足の不自由な人が1人救われる。2004年に赤星は「今年盗塁王を獲れなかったら引退する」と宣言したが、見事4年連続の盗塁王に輝いた。だが、優勝争いから脱落しかけた8月以降の盗塁が過半数の36個を占めるのは少し残念。
翌年も盗塁王を獲得、その脚力で優勝に貢献したが、2006年は足の故障の影響が大きく響き、盗塁数が激減してヤクルト青木にタイトルを譲り、特に前半戦は盗塁死を連発。2007年は頚椎ヘルニアによる首痛と腰椎の骨折に悩まされる。2008年もヘルニアとそれによる首痛に悩まされながら4年ぶりに全試合出場、盗塁数や打率も伸ばした。やっかいな持病ではあるが、これを乗り越えてまた盗塁王に輝いてもらいたい。